最近、あるダイビングスクールが発信している動画の中で、
「海水中ではステンレスより真鍮の方が良い」
「真鍮にはステンレスのような緑の錆ができにくい」
といった事実と異なる内容が紹介されているのを目にしました。
専門的な装いで語られると、つい信じてしまいそうになりますが、
本来は基礎知識レベルで避けるべき誤情報です。
概要
■ 真鍮とステンレスの電食リスク:海水中での常識
金属に詳しい方ならご存じの通り、真鍮とステンレスを海水中で接触させると「電食(ガルバニック腐食)」が起こるのは基本中の基本です。
これは機材設計・船舶・配管・潜水装備などあらゆる分野で避けられている組み合わせです。
実際、真鍮はステンレスより腐食しやすく、海水環境では脱亜鉛腐食という内部から脆くなる現象も起こります。
にもかかわらず、「真鍮の方が錆びにくい」「真鍮とステンレスを組み合わせた方が良い」といった言説が堂々と発信されているのは、大きな問題です。
■ なぜ誤情報が堂々と発信されてしまうのか?
多くの人は、YouTubeやSNSでの発信力、スクールの規模、広告の量、インフルエンサー的な“カリスマ”に魅了されがちです。
しかし、実際には――
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企業規模が大きい = 専門性が高い、とは限りません
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広告が目立つ = 実績がある、とは限りません
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フォロワーが多い = 信頼できる、とは限りません
むしろ、広告に資源を集中しているスクールほど、中身の専門性や現場の経験が希薄になっていることも少なくありません。
■ 「情報の受け手」としての責任
今や誰もが発信者になれる時代です。だからこそ、受け取る私たち一人ひとりが情報の真偽を見抜く目を持たなければなりません。
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発信している内容に技術的根拠があるか?
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経験や資格を持った人が実務的に語っているか?
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専門用語の使い方が正確か?
これらはすべて、良いスクールを見極めるヒントになります。
■ 信頼できるスクールを見分けるために
ダイビングは自然を相手にするアクティビティ。安全性と信頼性は命に関わります。スクールを選ぶ際は、以下の点をチェックしてみてください:
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機材や環境に関する説明が科学的・論理的か?
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インストラクターの実務経験や資格が明確か?
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小さな疑問にも丁寧に説明してくれるか?
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華やかさではなく、地に足のついた教育方針があるか?
広告やカリスマ性に惑わされることなく、自分に合った、本当に信頼できる指導者と出会うこと。
それが、ダイビングを末永く、安全に楽しむ第一歩です。
■ 最後に
本記事は特定のスクールを非難することが目的ではありません。
しかし、明らかな誤情報が拡散されている状況に対し、正しい知識と判断力を持ってほしいという思いから書かれたものです。
どうか、動画や広告の“見た目”ではなく、中身・誠実さ・専門性で判断してください。
本当にダイビングを愛し、技術と安全を大切にしているスクールは、必ず見つかります。
■【技術的な反証】動画で語られていた内容は本当に正しいのか?
その動画の中で特に問題と感じたのは、以下のような根拠に乏しい発言です。
それぞれに対して、事実に基づいた解説を行います。
❌ 誤情報①「真鍮にはステンレスのような緑のサビが出にくい」
事実:真鍮も腐食します。緑青(ろくしょう)と呼ばれる緑色のサビが発生します。
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真鍮は銅と亜鉛の合金であり、**酸化銅系のサビ(緑青)**が発生します。
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特に海水や酸性の環境下では、腐食が進みやすくなります。
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見た目の「緑のサビ」が出にくい場合でも、内部では脱亜鉛腐食が進行している可能性があり、より危険です。
❌ 誤情報②「海水中ではステンレスより真鍮の方が良い」
事実:ステンレス(特にSUS316)の方が圧倒的に耐食性が高い。
項目 | SUS304 | SUS316 | 真鍮 |
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海水耐性 | △(限定的) | ◎(非常に高い) | ×(電食・脱亜鉛腐食あり) |
腐食の進行 | 点腐食に注意 | 点腐食にも強い | 緑青・脱亜鉛腐食で構造劣化 |
機械的強度の保持 | 比較的安定 | 安定 | 腐食により内部がスカスカになる |
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真鍮は海水中では長期使用に向かず、特に金属同士が接触したり、流れのある環境では腐食が加速します。
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ステンレス(SUS316)はモリブデンを添加しており、点腐食やすき間腐食に強いため、海水用構造材として広く使われています。
❌ 誤情報③「真鍮とステンレスを一緒に使うとバランスが良い」
事実:これは最も危険な組み合わせのひとつ。電食が加速します。
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真鍮とステンレスは電位差が大きく、電食が発生しやすい組み合わせです。
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海水は電解質(導電性液体)であるため、異種金属接触によるガルバニック腐食(電食)が顕著に発生します。
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この場合、卑な金属である真鍮が腐食し、最終的には機能を失う結果になります。
✅ 一般的な海洋構造物、配管、マリンギアの設計ガイドラインでは、異種金属接触は極力避けるのが常識です。
■ 正しい情報が、命を守る
ダイビング器材や構造部品に使われる金属は、「安定性」「耐久性」「腐食性」など、さまざまな条件を考慮して選定されています。
そのため、YouTubeの動画などで聞いた情報だけで機材や環境を判断するのは非常に危険です。
ダイビングは命を預けるスポーツ。だからこそ、
「耳ざわりの良い情報」ではなく、「正確で専門的な知識」に基づいた判断が不可欠です。